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東京高等裁判所 昭和48年(ネ)531号 判決

控訴人 野田量平

被控訴人 国

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し金一、七四七、〇八七円及びこれに対する昭和四五年九月五日以降右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、被控訴人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠関係は、次のとおり付加するほか、原判決の事実摘示と同一であるので、これを引用する。

一、主張

(一)  控訴人

1.本件差押にかかる艀二雙の保管について、小浜執行官が干割れを防ぐのに十分な措置をとらなかつたこと、また、その監督が行届かなかつたため大修繕を余儀なくされたことを原審で保管上の過失として主張したが、このほかに、(イ)控訴人にその保管を委せるのが最善であつたにも拘らず、債権者有限会社恭芳運輸(以下、単に「債権会社」という。)に保管を委せたこと、(ロ)控訴人が保管者の請求をなした昭和四四年七月一八日の時点で即刻その点検を行ない保管替えを認めるのが適当であつたのに、点検の時期を失し、漸く同年一〇月二日に点検したばかりでなく、その点検の内容も不十分なものであり、結局保管替を認めなかつたことは執行官の本件艀の保管に重大な過失があつたものであるので、右主張を追加する。

2.被控訴人は、本件差押当時控訴人が第一虎丸の所有権者であつたことを否認するか、控訴人は右艀を昭和四四年四月一二日その所有権者であつた紀伊八重吉から代理人星野与吉を介して買受けたものである。仮に星野に第一虎丸売却の代理権がなかつたとしても、同人は紀伊と親子同様の関係にあるところ、星野は紀伊から第一虎丸等の傭船契約書を作成するときなどに使うためその印鑑(その印鑑は市販されているものとは違う。)を預り、傭船契約を締結する代理権を与えられており、星野は代理権を有することを控訴人に言明していたので、星野が右基本代理権を越えて第一虎丸を控訴人に売却したものであるとしても、控訴人は星野が紀伊から第一虎丸の売却をする代理権限を与えられていたと信じ、そう信ずるについて正当な理由を有していたから、民法一一〇条の表見代理が成立する。また、仮に、右基本代理権は星野が控訴人に第一虎丸を売却当時すでに消滅していたとしても、民法一一二条及び一一〇条の表見代理が成立する。

(二)  被控訴人

1.控訴人は本件差押当時本件艀二雙の所有権者ではなかつたから、その所有権者であることを前提としている本件損害賠償請求は理由がない。すなわち、第一虎丸は本件差押当時紀伊八重吉の所有であつたし、第三二喜代丸は株式会社富士回漕店の所有であつた。

2.控訴人が第一虎丸を紀伊から代理人星野を介して買い取つたとの主張、右売買について星野の代理権が認められないとしても表見代理が成立するとの主張は、いずれも否認する。

二、証拠関係〈省略〉

理由

一、横浜地方裁判所執行官小浜敏彦が、訴外有限会社恭芳運輸を債権者とし訴外株式会社富士回漕店(以下、「富士回漕店」という。)を債務者とする神奈川簡易裁判所昭和四四年(ロ)第九六号事件の仮執行宣言付支払命令の執行力ある正本に基づき、債権者である有限会社恭芳運輸の委任を受けて、昭和四四年六月二〇日に木造艀第三二号喜代丸(五〇トン。表示番号浜二四〇〇)及び木造艀第一号虎丸(一八〇トン。表示番号浜二五〇一)を差押えて、これをいずれも債権者会社代表取締役石井由太郎の保管に委ねたこと、以上のことは当事者間に争いがない。

ところで、控訴人は、本件艀に対する小浜執行官の差押及び保管に過失があり、これにより所有にかかる本件艀について損害を受けたと主張するところ、被控訴人は控訴人が本件艀の所有権者であることを争うので、まず、この点から順次判断を進める。

二、本件艀の所有権者について

(一)  第一虎丸について

証人紀伊由明の証言及び同証言により真正に成立したと認められる乙第八号証並びに成立に争いのない乙第九号証の一、二、第一〇号証によれば、昭和四四年当時第一虎丸の所有者は紀伊八重吉であり、同艀を同人あるいはその代理人星野与吉から控訴人が売渡しを受けたことを認めるに足りる証拠はない。

もつとも、甲第一号証の一、二、第一一号証、証人星野与吉、同磯部義見の各証言、控訴人の本人尋問の結果(原審及び当審)によると、同艀について昭和四四年四月一二日星野与吉が売主紀伊八重吉の代理人と称して同人の名で控訴人との間で代金一七〇万円の売買契約書(甲第一号証の一)を作成し、控訴人宛に代金一七〇万円の領収書(甲第一号証の二)を発行し、右売買契約書及び領収書に「紀伊」の印を押捺していることが一応認められるのであるが、右印はもとより八重吉の実印ではなく、そして、証人星野与吉の証言によれば、右印は八重吉が傭船料の集金や傭船契約書を作成する時などに使うため昭和三七、三八年頃星野に預けたものであるというが、その使用目的について納得できる説明を欠いているので、右印は星野が八重吉から真実に預つていたものかどうか疑わしいといえる。それに、証人磯部義見の証言によると、右売買契約の締結にあたり、星野は八重吉の委任状と印鑑証明書を所持していたと証言しているが、肝心の証人星野与吉の証言はこれを否定しているので、八重吉の委任状や印鑑証明書は揃つていなかつたものと認めるほかない。また、本項冒頭に挙げた証拠によれば、八重吉は昭和四四年一〇月二二日に死亡しており、同人の長男由弘は八重吉の死亡に至るまで右売買の事実を八重吉から聞いたことなく、関東海運局の港湾運送事業計画上の登録も昭和四四年二月二五日付で運送者富士回漕店、所有者紀伊八重吉と記載されたまま本件口頭弁論終結に至るまで変更のないことが認められ、さらに、当審における控訴人本人尋問の結果によれば、右買受代金一七〇万円の調達について親兄弟親族から借り集めたというけれども具体性を欠き書証もなくあいまいであるほか、供述内容はしばしば変更されていて信憑性に乏しく、また、証人星野与吉の証言によれば、右代金一七〇万円を八重吉に渡したのは受領後四ケ月余を経た昭和四四年八月頃であるというがその領収書もなく、当時八重吉に対し数百万円の債務を負担し、八重吉から「船を売つたと聞いたがどうしたのだ。」と詰問されていたことが認められる。そうすると、星野与吉が八重吉から控訴人の主張するような代理権を与えられていた事実そして表見代理の成立する関係は確たる証拠がない以上、立証責任の原則上これを認めることができないというほかない。

従つて、控訴人が第一虎丸の所有権者であることを前提としている本訴請求部分は、その余の点について判断する迄もなく失当である。

(二)  第三二喜代丸について

控訴人の本人尋問の結果(原審及び当審)及びこれにより真正に成立したものと認められる甲第二号証の一、二、によると、第三二喜代丸はもと富士回漕店の所有であつたが、控訴人が昭和四三年一二月二五日富士回漕店からこれを金三〇万円で買受けその所有権を取得した事実が認められる。

三、第三二喜代丸の差押にあたつて執行官の過失の有無について

控訴人は、右艀の差押にあたり小浜執行官に過失があつたと主張するので、これを検討する。

艀等の有体動産に対する差押は、債務者の占有している物にかぎつてできるのであるから(民事訴訟法五六六条。例外同法五六七条。)、執行官は、有体動産の差押にあたつて、その所有権が債務者に帰属するものであるかどうかを認定するのでなく、その物が債務者の占有(民法にいう占有とは異なり、単なる外形的な事実上の直接支配状態である所持をいう。)下にあるかどうかを調査し、これを標準として差押を実施すべきものである。

つまり、債務者の占有か否かの認定資料と認定基準とが問題となる。元来、有体動産の差押には敏速性の要請(執行官は差押現場において直に、対象物件が債務者の占有にかかるか否かを判断しなければならない)があると共に、他面、これに伴う違法執行を速かに是正する特別な手続(民事訴訟法五四四条、五四九条等)を設けて債務者や第三者の救済を図つている。これらの点からすれば、執行官は対象物件の所在場所で「所在の外観諸事実」を占有認定の資料とすべきであるので、これらの事実について職権で調査すべきであるが、右外観だけでは不十分な場合には、執行当事者に必要資料の提出、関係者の説明を促がし、これらをも資料とすることができる。しかし、それ以外に自ら積極的に資料を収集する義務を負うものではない。しかして、右外観的諸事実及び右資料によれば、対象物件に対する外観的事実上の支配が債務者にあると考えるのが社会通念上一応相当であるときは債務者の占有と認定すべきであると解するが、具体的認定基準は各個の案件毎に具体的にきめる以外にない。

それで、本件艀の差押にあたつて執行官に過失があつたかどうかは、執行官が本件艀を債務者である富士回漕店の占有にかかるものと認定した際の認定資料が十分であつたか否か、認定の内容が右にいう相当性を欠いていたかどうかに帰することになる。

(一)  本件艀の差押の経過は、原判決の認定のとおりであるので、その記載(原判決一〇丁裏八行目から同丁裏一一行目「他に右認定に反する証拠はない。」まで。同一三丁裏四行目から同一四丁表一〇行目「他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。」まで)を引用する。

(二)  以上の認定事実によると、小浜執行官の第三二喜代丸の差押当時、同艀は横浜市神奈川区守屋町三の九所在安田倉庫株式会社先岸壁に他の艀と一緒に無人のまま繋留されていて、そこは富士回漕店の専用繋留場所ではなく、同艀には富士回漕店の占有下にあることをうかがわせる表示も見当らなかつたのであるが、差押の執行に立会つた大石証人らが、富士回漕店は安田倉庫の下請をしておりその持船は右岸壁に繋留されていると申立てたこと、また、本件艀は富士回漕店の依頼により挽船したことがあると申立てたこと、さらに、差押の執行に立ち会つた小林証人らが、海運局で調査した結果富士回漕店名義に登録されていたと申立たことに基づいて、小浜執行官は第三二喜代丸が富士回漕店の占有にかかるものと認定して差押を行なつたものと認められる。

かように、艀が誰の占有下にあるかについて外観的にこれを明らかにする資料が十分とはいえない状況の下では、少くとも執行当事者に対し所管海運局に誰が運航者として登録されているかの証明書等の提出を促がし、これを確認することによつて、艀の外観的事実上の支配者の認定資料を補足すべきであるから、これらの措置を講ぜず、ただ前述のような債権者代理人の申立て及び債権者の同行した執行立会人の申立てだけに基づき、第三二喜代丸が富士回漕店の占有下にあるものと認定したのは、占有の認定資料として十分でないというべきである。

しかし、他方、成立に争いのない乙第一号証及び同第一〇号証によると、差押後に調査したところでは、差押当時同艀の所有者及び使用者とも富士回漕店と登録されていたことが認められ、これと前記認定の各事実とを合わせ考えれば、同艀は本件差押当時富士回漕店の事実上の支配下にあつたものとするのが社会通念上一応相当であると考えられる。それ故、結局のところ右差押自体は債務者である富士回漕店の占有していたといえる右艀を差押えしているのであるから、違法でないということになる。

本件差押が違法でない以上、執行官の本件差押によつて損害賠償請求権を取得したという控訴人の主張は、その余の点について判断するまでもなく失当というほかない。

三、第三二喜代丸の保管にあたつて執行官の過失の有無について

当裁判所は、当審における新たな証拠を斟酌しても、右保管にあたつて小浜執行官に過失があつたとは認めることができないものと判断する。その理由は、原判決の理由説示と同一であるので、その記載(原判決一四丁裏二行目から同一五丁裏三行目まで)を引用するほか、次のとおり付加する。

控訴人は、本件艀には毎日朝と夕に各一回海水をかけないと干割れの生ずることが必至であり、本件艀の干割れは執行官の保管が不十分であつたために生じたものということができるほか、本件艀の保管を控訴人に委せるのが最善であつたのに、これを債権者会社に委せたことは小浜執行官の過失であり、それに、控訴人が昭和四四年七月一八日小浜執行官に対し控訴人への保管替を請求したのに即刻その保管替を認めることなく、その点検の時期を失したばかりか、杜撰な点検で結局控訴人の請求をしりぞけたことは小浜執行官に保管上過失があると主張するが、控訴人の提出した全立証によつても、水中に繋留している艀に毎日朝と夕に各一回海水をかけねば干割れを生ずること必至であるとは天候その他の状況の関係もあり必ずしも断定できないのであり、また、本件艀の保管者を誰にするかは執行両当事者の利害に関係があるので控訴人が最善であり控訴人に保管替すべきであつたとは必ずしもいえないので、それだけで前示原判決認定の保管方法に手落があるとはいえない(妥当な保管方法は一つに限るものでなく、本件において、小浜執行官の判断した方法も妥当のものの一つであつたということができるので、その範囲内においては執行官の裁量に委ねらるべきである。なお、成立に争いのない乙第六号証(昭和四四年六月二七日付鑑定書)及び証人渡辺秋次郎の証言によると、本件差押当時において、右艀は外板に切矧多く、材質は疲労し所々朽ちはてており、船首尾材舵も多年の使用により損耗が甚しく、左舷前部にあたる上ノ頼三米は朽ち果て、左舷アオリ摺は殆ど滅失のままであり、敷松良六本は腐朽していた等が認められるのであつて、控訴人の主張している本件艀の大修繕を余儀なくされたという損害についても、それが執行官の保管上の措置に基因して生じたものかそれとも古艀が年数が経つて修繕を要することになつたものか見分けることが困難であり、それに、本件差押当時控訴人が右艀を稼働させていたことを認めるに足りる証拠もないから、控訴人の主張する右損害と保管方法との間に因果関係を認めるには十分でないというほかない。)。

四、そうすると、第一虎丸の所有権者であることを前提とする控訴人の本訴請求及び第三二喜代丸の違法な差押及び保管にあたつて執行官に過失がありこれにより損害を受けたという控訴人の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなくいずれも理由がないというべきである。

よつて、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は相当であるから、本件控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 伊藤利夫 小山俊彦 山田二郎)

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